整形外科・形成外科 茨城県水戸市柵町3-2-57 【秋山整形外科医院】
2011年3月11日 東日本大震災

「その時、あなたは どこで 何を」

 マグニチュード9の巨大地震、続いて押し寄せた大津波の襲来、さらには原発の事故による放射能汚染と何百年に一度の天災、人災が一度に起こった日です。

 当日、当院には1階の診察待合に15人、2階のリハビリ室に30人前後の患者さんがおりましたが、大きな揺れが長時間、それも数回繰り返してくる異常な地震に対し、スタッフによる患者さんの避難誘導と火の始末などテキパキとした行動をとることができたと思います。しかし、よく見ると、避難した駐車場のアスファルト路面には数条の亀裂が縦横に走り、ブロック塀はすべて倒壊していました。周辺を見ると、停電のために信号は停止し、橋と道路の連結部は段差ができ、道路もいたるところで陥没しているようで、置き去りにされた車もあります。患者さんをどう帰すかを考えたり手配する余裕もなく(後日、聞いたところでは膝の悪いお年寄りが5~10kmを歩いて家まで帰られたとのことです。電話もつながらず、タクシー、バスも動かない状況では仕方のないことだったのですが。)暗くならないうちに、職員も家に帰るように指示しました。

 水戸市より北の那珂市、常陸大宮市、ひたちなか市から来ている職員は途中まで行きましたが、那珂川を渡る橋がすべて通行止めで引き返してきて、我が家や仲間の家に一泊することになりました。我が家の室内も、タンス、仏壇、棚が倒れ、割れたガラスや皿が散乱し、靴、サンダルで歩かなければならない状態です。さらに、停電、断水、ガスも停止とライフラインが絶たれた状態ですので乾電池をかき集め、懐中電灯とろうそくの灯で明かりをとり、パンやおにぎりの夕食をとって寝床に入りましたが、余震が続き、安眠のできない一夜を過ごしました。

院長 秋山正博